四畳半の住人 / 湯たんぽの勧め / 日仏の湯たんぽ〜私の巴里・アンティーク

■■ 日仏の湯たんぽ〜私の巴里・アンティーク ■■
作者:四畳半の住人 -
 友人が湯たんぽの記事があるよ。「やっと思い出して見付けました。」と教えてくれました。こういう記事を見ると、人間の考えることってのは基本的には同じなんだなぁ、、と思います。暖房の為にお湯を使う。昔の日本人もフランス人も同じなんですね。朝吹 登水子 著 「私の巴里・アンティーク」218頁にあった記事全文を紹介します。
 

日仏の湯たんぽ
朝吹登水子著 「私の巴里・アンティーク」218頁より転載

 
日仏の湯たんぽ 上の湯たんぽが日本、下のがフランスのものである。しかし、世界の東と西に離れた遠い二つの窯で焼かれ、形も違うが全体の素朴な感じは似通っている。

 日本の湯たんぽは、高知に行った時求めたもので、何げない筆で描いたデッサンに味がある。私の東京の家では、玄関の濃紅の漆風に塗った靴箱の上に、この二つの湯たんぽを一緒に飾ってあるが、たいていの人は湯たんぽということがわからない。上のも下のもフランス製と思う人もいる。まさか湯たんぽが玄関に並んでいると予想する人もいないからだろう。

 フランスの湯たんぽは、東部の町の古美術商の地下室の一隅で見つけた。そこにはさまざまながやくたや、教会などから安く買い取ったらしい燭台や、はんぱものの小皿などが山ほどあった。
 その店のおやじさんはたいへんな吝嗇家(りんしょくか)で、彼は、おそらく二十ワットの電灯を使っているのだろう。

 この東西の湯たんぽは時々一輪挿しの花瓶にも使っている。なかなか趣があって床の間にも飾れる。私は調和の美しさがあればどんな品でも好きな場所に飾って慣習にとらわれないことにしている。

 湯たんぽにはいろいろな想い出がある。湯たんぽがいちばんの貴重品だったのは、戦争中の燃料のない時代。私は寒い軽井沢で冬を越したが、ベットの中のシーツは氷を張ったようで、ブリキの湯たんぽだけが天国の救いのようだった。物資のない時代は、ブリキの湯たんぽすら店頭から消え、空壜(あきびん)に湯を入れ、毛糸の靴下をかぶせたこともある。
 私の夫の母は、いまだにフランスの古い習わしどおり、瓦をガスで暖めて、湯たんぽとして使っている。

 私としては、玄関に置くだけじゃなくて実際に使って欲しいなぁ。
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2004年5月16日作成 四畳半の住人